柳原さんは京都大学病院に入院し、最新とされる手術と化学療法をうけています。
もちろん、唯々諾々としてそれをうけていたのではありません。
多くの患者と語りあい、がん関連の書籍を一八〇冊も読み、インターネットで海外の医学論文をしらべ、担当医や病棟医長にくいさがり、不安ながらも自分なりに納得しての受療でした。
「がんを忌み嫌うことはがん患者である自分を忌み嫌うこと」であると気づいた柳原さんは、入院直後から「患者であることをないがしろにしない」「徹底してがん患者をやり抜く」「がん患者のプロになる」「がんと向き合い、死に向き合う」ことを決心したのです。
柳原さんがどうかんがえ、どう行動したのか、しばらく『がん患者学』の記述を追ってみましょう。
「抗がん剤を受ける、と決めたら、次は抗がん剤に耐える体力作りとほかの臓器の強化、体質改善を同時にやっていかなければいけない。
この時期には正直言って、自分がなぜ代替療法を近代医学と並行してやろうとしているのか、はっきりとした理由も根拠ももってはいなかった。
ただ、過去にがんで亡くなった幾人もの友人、知人を見送った経験が私にそうした行動をとらせたというのが、一番近いかもしれない。
治った友人の真似をしよう、というのもある。
薬害エイズの患者さんたちのなかでも、長生きしている人たちはほとんどさまざまな代替療法を生活に取り入れている、という事実も大きな影響と言える」代替療法をやりたいという希望を、柳原さんは担当医にこう伝えています。
「先生、私は変な人間なんです。
医療だけではなく、人間の自然治癒力とか自然界の不思議を信じています。
そのためにさまざまなことをやりたい。
先生の医療に妨げになるときはおっしゃってください。
また、検査数値に異常が出たら即刻やめますので、おかしいことがあったら指示してください」(傍点筆者、以下同様)担当医は「教科書にはないが……」といいながらも、柳原さんの申し出をうけ入れました。
この若い医師は、柳原さんの担当医になったときに「治りましょうね」とつぶやいて、柳原さんに「この短い言葉が、その後の彼との長い交流の始まりとなった。
嘘でも、嬉しかった」と書かせた人です。
やがて、その医師は京都大学病院からほかの病院に移りましたが、柳原さんはいまでもときどきその医師のいる病院で検査をうけ、「長い交流」をつづけているそうです。
病室では「暇さえあれば」ひとりでイメージ療法を実行し、自分のがん細胞にこう語りかけました。
「がんに負けるほどに弱っていたのに手術を受け、傷つけられ、しかも抗がん剤の攻撃を受けるなんて、苦しいだろうけれど一緒にがんばってほしい。
がん細胞さん、お願いだからあなたの住処である私の身体を大事にしよう。
これ以上あなたが勢いを増すと、あなたも一緒に死ななければならない。
一緒に長生きしよう。
そのために、抗がん剤治療を受ける。
抗がん剤はあなたにとっても私にとっても辛いけれど、ぎりぎりまで耐えよう。
私たちは、共に生きる」柳原さんは入院中も、治療の日以外は起床とともにパジャマをぬぎ、Tシャツとパンツ、靴をはいてすごしています。
病院をぬけだし、早朝に四キロ、日中も三キロから四キロ、自然をもとめて下鴨神社の森や吉田山、鴨川のほとりを、ひたすら歩きました。
白血球数値が少しでもいいときは自宅に帰って、好きな音楽を聴きました。
病院食をやめて、自分で工夫した菜食に切りかえました。
帯津良一博士の指導で、漢方薬をはじめ、さまざまな健康食品をとりながら、柳原さんは必死になってかんがえっづけます。
「医療という手段をもっていない動物はいかにして治癒していくのか?」「アフリカのライオンでさえも、匂いの強い草を食べてひたすら体内の浄化をはかるという。
ある種の動物は特別な地域の土を食べる、と聞く。
その土にはさまざまなミネラルが含まれている。
動物としての生命力が残っているとしたら、これは有効であるにちがいない。
動物になってみよう、と私は思った」「自分の身体を野生に戻すのだ」また、こうもかんがえました。
「今、私の体内にあるがんは、これまでの私の身体が好きなのだ。
だから増殖した。
がん細胞も生命体である以上、環境の変化にもっとも弱いはずだ。
がんが嫌いな身体になろう」「私のがんは私の身体とがん細胞との組み合わせでひとつの性格を形成しているとしたら、がん細胞の個性は変えられぬものの、私の身体の状態を変えることはできる。
(発病まえと)反対の暮らしをしてみればいい」三クールの抗がん剤治療のあと、柳原さんは退院して、「なりふりかまわぬ」「仙人のような暮らし」をはじめます。
「徹底して自分の体内に蓄積したであろう化学物質を排泄し、全身の機能をいかに高めるか」がテーマでした。
以前から虫歯があったので、まず歯医者にとびこみ、歯の治療をする。
それに丸山ワクチンを自分で注射する。
そこからはじめて、浄水器を設置し、腸と腎臓の排泄機能を促進する水を大量にのみ、あらゆる調味料を無農薬のものにかえ、肝臓などに関係しているというニンニクを毎日、なんらかのかたちで摂取する、アメリカのFDA(食品医薬品局)がきめている抗がん食品(デザイナーズフード)をふんだんに食生活にとり入れるなど、「反対の暮らし」のためにすべきことはたくさんありました。
きょう一日を生ききるやや長くなりますが、「反対の暮らし」の記述をそのまま引用しておきましょう。
「精白した砂糖、小麦粉、油脂は自宅に置かないこととした。
野菜と海藻、ときおりのちりめんじゃこ、胡麻、玄米、蕎麦だけの食生活は、正直言って、食いしん坊の私にはかなり辛いものだった。
大好きだった肉、魚、西洋料理、パン、甘いもの、お茶、コーヒー、お酒などの嗜好品、常食であり、必需品として考えていた牛乳、卵は一切、食卓から排除する。
くる日もくる日も味噌味の根菜と昆布がふんだんに入ったけんちん汁、漬物、菊菜(春菊)の胡麻和え、または小松菜の煮びたし、胡麻のかかった豆、雑穀入り玄米、そして山芋を漬け汁にした蕎麦。
こうした基本の三食に早朝の人参と蓮根のジュース、おやつにはふかしたサツマイモ、寒天、甘くない汁粉・…‥。
早朝二時間の郭林気功、深呼吸、樹林気功、昼間の散歩といった運動と連日の銭湯での腰湯。
一週間に一度は山登りをして温泉に行く。
また全身の鍼灸、枇杷の葉温灸を受けた。
街角の詞、路傍のお地蔵さん、神社、寺、教会、大きな樹、太陽……ありとあらゆるものに、祈った。
祈りの言葉、内容は、時とともに少しずつ変化していった。
根菜、味噌、海藻、豆、胡麻といった食品は、外食の多かった私の食生活にはほとんど登場しない食品群だった。
そして川べり、森林のなかの運動は、深い睡眠を約束した。
夜は電気をつけず、蟻燭を灯し、香を焚いて静かな音楽を聴いて、自然の睡魔を誘った。
新聞、雑誌、テレビの情報を最小限にし、友人たちとの連絡を絶ち、さまざまな会合にも出席しないで、読みたい本を読んだ。
私の身体と心が欲するかぎられた情報と体験のなかでものを考えてゆくという暮らし方は、大量の情報に翻弄され、整理つかずに苛立っていた過去とはまったく異なったものだ。
もしかしたら、もの書きとしても致命的な結末に終わるかもしれない。
社会との連絡を絶ち、友人たちとの交流も最小限に抑える、という行動は私を孤立させるかもしれない。
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